斎藤 環

定価: ¥ 735
販売価格: ¥ 735
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おすすめ度:

発売日: 2006-05
発売元: 中央公論新社
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好きなものは好きでいいじゃないか!といきなり結論出してしまうのですが‥
「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ)って読みました?結構すごいでしょ。いや凄いって言い方がいいのか悪いのか、わかりませんが、「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ)の評価って私の場合どうも、こうなんていうか言葉にならんのです。
なので、冒頭のような結論を先に吐いちゃうのです。
「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ)って好き嫌いで論じていいのかどうかわかりませんが、まあ個人的意見ですから許してやってくだされ。
でも、私は面白いと思うけどなあ。
ごく私的な意見かもしれないけれど、ちょっとしたところに「お!」と思うような発見があったり、
「へえ」と思うような一文があったり、著者の斎藤 環の力量が、そこここに現れています。
「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ)はそんな部分もあったかと思うと、全体的に一本の筋もしっかり通っています。
そういう意味では、「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ)はとてもバランスの取れた本なのじゃないかと思います。
だから、いい意味で失敗が無い本だと思ったりもします。こいつはオススメですよ。
モテ、非モテが生み出す格差
おたく、負け犬、腐女子、ヤンキー。 趣味の棲み分けを通じて、非婚・晩婚化、セックスレス、モテ雑誌・本ブームなどに現れる、20?40代の男女の性愛に対する意識を読み解いていく。
格差論、とは銘打っているが、むしろ、この本の中核は、性愛(=モテ)は、努力次第で誰にも分配機会がある、“富”かもしれない、ということ。そして、それによって、ニートだのひきこもりだの、一方的な社会的カテゴライズを無意味にしようとしている。この本の発刊以降、モテ、非モテが社会的格差を生みだすことが当たり前のこととして認知されてきたような気がする。
状況認識において処々に違和感のあるところもあるのだけれど、深く納得できる視点も多数あり、格差論に横ヤリを入れる第一歩となるかもしれない。
個人的には、ヤンキー文化論が痛快。ヤンキーとは相容れない青春時代を送った私としては、もう1冊くらいヤンキーについて語ってもらって、ヤンキー文化を攻略したいところだ。
深くて大きな溝
他のレビュアーの指摘にもあるが、やはり斎藤氏ばかりが語っている印象がちょっとある。
「恋愛」格差というテーマをブチ上げ、「負け犬」「おたく」「ヤンキー」「腐女子」とラディカルにテーマを絞っているのを見た時、間違いなく面白いだろうと思って読んでみたのに何だかピントがずれている感が強いのは正直、酒井氏におたくやら腐女子やらに対する興味が全然ないからだろう。
一方、斎藤氏もある意味で女性を持ち上げるのに忙しくて、本質を突き損ねている感もあると思う。酒井氏が「(負け犬たちも)「結婚しないと食べていけない」という危機感とともに、非婚化のペースが緩む可能性もあると思っています。」とかなりあけすけなことを言っているのに、女性にとって痛い話には持っていくことを恐れてか、酒井氏をおだてるばかりで話を拡げられなかったり。
そういう意味では男と女の、おたくと負け犬の異文化交流失敗の例、異文化交流の難しさの例としては貴重な本とも言えるのだけれど、そのわりに「性愛は希望」みたいな結論を取ってつけてしまうのも危機感がなさ過ぎじゃ、という気もする。
斎藤氏のことは嫌いではないのでこういう言い方はしたくないのだけど、そろそろ「オッチャンのお話をオンナノコがうんうん聞いている」対談を読むのは、正直飽きてきた。
合気道のような…
酒井順子さんの腹の座った聡明さに感服しました(ありがちな被害者意識の薄さ)。
例えば、本田透の彼女への仮想敵視への斉藤環の“勘違い”発言への、酒井の鷹揚な認め方
はすごい。「バブルの影響を受けたのは事実です」「見抜かれたのかもしれません」と受け流す。さばきのうまさ。何やら合気道のようだ。
